スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

松岡正剛さんの「多読術」は、情報とは何か、知とは何かを解いた哲学書でした

松岡正剛さんの「多読術」を読みました。

多読術 (ちくまプリマー新書)多読術 (ちくまプリマー新書)
(2009/04/08)
松岡 正剛

商品詳細を見る

松岡正剛さんを情熱大陸で見てカッコいい人だなあと思って、
大手町の丸善の「松丸本舗」に行って面白いなあと思い、
松岡さんの本を読んでみようと思ってこの本を読みました。

松岡さんの生い立ちと読書体験に始まり、松岡さんの読書術に入っていくのですが、
「読書は書いてあることと自分が感じることが『まざる』こと」、
「読書は著者と読者のコラボレーション」と、
僕がこれまで思っていた『読書』という行為を根底から覆す内容で面白かったです。

第六章のキーブックを作るでは「多読術」の核心に触れ、
1.読書は、現状の混乱している思考や表現の流れを整えてくれる
2.そもそも思考や表現の本質は「アナロジー」であり、「連想」である
すべての思索も論理も表現も行動も、「アルス・コンビナトリア」
3.僕の元気が出てくる厳選源泉や領域は、「曖昧な部分」や「きわどい領域」や「余分なところ」 だと確信している
「負の想像力」や「フラジャイルな観察力」
と言っています。

この「負の想像力」や「フラジャイルな観察力」について
複雑系では「カオスの淵」で「新しいオーダー(秩序)」が生まれている。それはいいかえれば「新たな意味の発生」。
「曖昧な部分」や「きわどい領域」や「余分なところ」にこそ何かのオーダーが発生している
感覚的なことにあてあめて言うと「せつない」とか「残念」とか「失望感」とか「気持ちがいっぱい」とかにあてはまる。
つまり、ふつうは「負」の部分とか「際」の状態だと思われているところに、意味が創発してくる。
と述べているところが面白かったです。

第七章の読書の未来では、松岡さんが使っているツール類に触れ、
また、デジタル情報世界の懸念点についても述べています。

いまや、どんな知識も「コーパス」(自然言語の文書を大量に集めたもの)としてデジタル情報になるが、
それを入れておくしくみを外に見せることと、
そこに行くルートに多様性と連想性が発揮されることが
組み合わされていない。
「知」には必ずアドレスがあり、「場所」があり、つまりは「来し方・行く末」がある。
という意見にはなるほど、とおもいました。

読書は「ナイーブ」で「フラジャイル」なもの、
「読書は他者との交際なのです」と、
すっかり松岡さんの世界に攫われました。

読書メモ(ISIS本座)
スポンサーサイト

テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

外神田守

Author:外神田守
東浩紀さんと秋葉原と野球とストリーミング生放送と演劇と読書が大好きです。日本橋も好きです。

コーナー
京都
読書の秋
高円寺阿波おどり
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
ツイッター
検索フォーム
RSSリンクの表示
Googleに追加
livedoor Readerに追加
My Yahoo!に追加
goo RSSリーダーに追加
Bloglinesに追加
Technoratiに追加
ブックマーク(ブログ全体)
Special Thanks to フロアコーティング
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード
QR
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。